ホーム > 楽しむ・学ぶ > 文化財 > 都城の歴史と文化財 > ぼんちくんと歴史探検「国内最古級の水田跡」

ホーム > 楽しむ・学ぶ > 文化財 > 文化財(五十市) > ぼんちくんと歴史探検「国内最古級の水田跡」

ホーム > 楽しむ・学ぶ > 文化財 > 都城歴史資料館 > ぼんちくんと歴史探検「国内最古級の水田跡」

楽しむ・学ぶ

生涯学習・社会教育
生涯学習やスポーツ団体などについての情報
文化振興
文化振興施策や民俗芸能などについての紹介
文化財
市内にある文化財の紹介
伝統と文化
市内に伝わる風習や祭りなど
都城島津家と都城
広報紙で紹介した都城島津邸の収蔵品などの紹介
美術館
美術館の施設概要や利用案内
施設一覧
温泉や主なスポーツ施設などの紹介

ぼんちくんと歴史探検「国内最古級の水田跡」

広報都城で連載中の「ぼんちくんと歴史探検」(平成29年5月号)。ホームページでは少し詳しく解説します。

今回は南横市町で見つかったとても古い時代の「水田」の話です。

 

どこにあるのかな

都城盆地の西側、桜並木のきれいな母智丘神社の下を流れる横市川のほとりにあります。

絵本

 

なぜ、見つかったのかな

平成12年度に行なった発掘調査で見つかりました。横市川流域で計画された水田の整備によって遺跡が壊れてしまうため、工事の前に行なった発掘調査です。空撮

 

いつの頃の水田なのかな

一番古い水田が縄文時代晩期末と考えられています。その上に弥生時代、古墳時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代、江戸時代と各時代の水田が積み重なっていました。

全景

 

どんな形をしているのかな

長径約5メートル、短径約4メートル、いびつな楕円形をしていました。水を運ぶ水路などは見つかっていません。そのため、少し高い田んぼから低い田んぼへと水をかけ流していたのではないかと考えられています。

模型

 

なぜ、ここにつくられたのかな

稲作が伝わった頃は、今のように川から水を引いて水田を作ることはできず、水がたまりやすい湿地帯や湧き水を利用して水田を作っていたと考えられます。

坂元A遺跡の水田は、川が埋まってできた少しへこんだ場所にあたります。そこにたまった栄養分のある土を利用できる点、少しへこんでいるため水がたまりやすく、近くの湧き水も使うことができる点などが、ここに水田が作られた理由と考えられています。

 

この水田の何がすごいのかな

この水田は縄文時代から弥生時代に移り変わっていく頃に作られていた水田と考えられます。

この時代は日本列島に稲作が伝わった頃にもあたります。坂元A遺跡に作られた水田跡は、都城盆地でもっとも古い水田跡であるとともに、九州北部に伝わった水田が、大きな時間をあけずに都城まで伝わっていたことを示す貴重な遺跡と言えます。

また、坂元A遺跡ではこれよりあとの水田跡が順番につみかさなっており、それぞれの時代の水田の様子がわかる点も、坂元A遺跡のすごいところと言えます。

(写真上:弥生時代から古墳時代の水田/写真下:桜島の軽石におおわれた中世の水田)

弥生・古墳

文明

 

坂元A遺跡で出てきたものはどこで見られるのかな?

坂元A遺跡では木で作られた農具なども見つかっています。今は都城歴史資料館企画展「絵本・都城の歴史」展で展示しています。

鍬

 

動画

地図


皆さまのご意見をお聞かせください(統一アンケート)

このページについて、皆さまのご意見をお聞かせください。
なお、アンケートからの質問や問い合わせはご遠慮ください。
質問や問い合わせは、このアンケートの下の「メールでの問い合わせ」をご利用ください。

このページの情報は役に立ちましたか? (必須項目)

このページの情報は見つけやすかったですか? (必須項目)

この情報に関する問い合わせ:教育委員会 文化財課(菖蒲原町)

電話:0986-23-9547 ファクス:0986-23-9549

メールでの問い合わせ